躊躇いを撃ち抜いて




 競うように天に向かって高く伸びる、鉄とコンクリの箱で構成された無機物の林の中。
 男が二人、立ち入り禁止の筈の屋上にいた。
 右隣と背後に、男達がいるビルよりも遥かに上背のある建物が聳えていたが、彼らは完全な死角に身を潜めており、万が一にも姿を見られる心配はない。

「…風速20m。予測より30ポイントマイナスですね。中止にしますか?」

 二人のうち幾分小柄で、漆黒の髪の毛を後ろに跳ねさせた方が、計器から視線を外して尋ねる。
 淀みない手付きでライフルを組み立てていた、光の差さないこの場所では白にしか見えない頭髪を無造作に逆立てた男は、動きを止める事なく返した。

「アンタができねぇって判断するなら、止めるが。どうなんだい?」

 カシャン、と鋭い金属音をさせて弾丸が送り込まれる。
 レミントンM24の装弾数は5発。狙撃手の中には、わざと1発しか装填しない者もいるが。
 ゴドーは自尊心より、任務遂行を優先する。その結果といえば2発目を発射した事が殆どないのだから、どちらが優れているかは明白だろう。

「タイミングさえあえば、70%まで率を上げられます」
「この機会を逃すと、ヤバくなるんだろう? なら、張り切っちゃうぜ!」

 物言いは軽かったが、状況はそれ程安易なものではない。
 確実性が求められる仕事故、達成率が80%に届かなければ次回に持ち越せと『上』からは通達されている。
 だが狙撃手ゴドーと観測手(スポッター)の成歩堂に寄こされる仕事は、他のチームなら50%に満たない難しいものばかりなので。
 組織の矛盾を押し付けられているゴドー達は、唯一、自分等の判断だけに従う。
 あらゆる意味で『特別』なチームだった。

「ターゲット確認。右12°上6°」
「ターゲット確認。右12°上6°了解」

 SSOT(Scout Sniper Observation Telescopes)の角度と、M1スコープの角度が同調(シンクロ)する。

「照準線、0.308 down」
「照準線、0.308 down、了解」

 まずは、呼吸が。
 次に、鼓動が。
 そして五感全てが、隣にいる成歩堂とシンクロしていく。
 稀有なこの瞬間が、ゴドーは気に入っていた。
 他の誰とでも不可能な、『 Complete alignment 』。
 成歩堂と身体を繋げている時と酷似しているようで、多分、別次元の融合。

「 wind died down ―― ready 」
「―― go 」

 プシュッッ!!
 組織によってサイレンサー付きに改造され、成歩堂の手で微調整されたライフルは低く咳き込むような音に先んじて弾丸を発射した。
 消音に技術を注ぎ込んだ分、撃ち手への反動はノーマルのレミントンM24の比ではないのだが。ゴドーの鍛え上げられた上半身は、苦もなく抑える。

「ターゲット確認。clear 」
「……みたいだな」

 衝撃で未だ振動しているM1スコープを覗き込み、曖昧な表現で応答するゴドー。
 無理もない。
 ゴドーは、狙撃手にもかかわらず『朱』が視認できないのだ。だが成歩堂が付いているし、ターゲットが起き上がってこなければ任務完了なのだから、この点においては特段不自由を覚えていない。

「撤収しましょう」
「 roger 」

 SSOTを下ろした成歩堂は、そのまま素早く撤収に移った。セッティングより半分以下の短時間で、痕跡を含めて後始末できるのは2人がかりという事もあるが、ゴドーと成歩堂が会話も事前の打ち合わせもなしで、最も効率の良い手段を取れるからだ。




 数分後、2人は既に現場から数q離れた所にいた。ゴドーが操る Cayenne の助手席で、成歩堂が組織への報告をしている。

「任務は完了しました。………はい。……では」
「直帰でいいんだろう?」

 通話を終えた成歩堂へ、端から直帰以外を考慮していないゴドーがお仕着せの確認をする。

「ええ、許可されました。なので――」
「アンタの直帰先は、俺ン家で決まりだ。それ以外は認めねぇ」

 おそらく降車場所を告げようとした成歩堂の言葉へ、強引に決定事項――命令を被せる。

「・・・・・」

 サングラスをかけて運転の為に前方を向いていても、成歩堂の困ったような、迷うような視線は分かる。
 ――狙撃時の同調が、嘘のように。
 オフのゴドーと成歩堂には、ぎこちない雰囲気が漂っている。というより、成歩堂がどこか線を引いてゴドーを近寄らせない。
 ゴドーは早くからプライベートも含めて成歩堂を認め、欲し、己の気持ちを表明してきたのだが。
 成歩堂は身体を明け渡しても、心の一部をゴドーの手の届かない所へ隠したまま。
 もどかしさも恋のうち、とは言うけれど。
 ゴドーの恋情は、そんな穏やかなものではない。



 スポッターの裏切りで負傷し、以来スポッターを信じられなくなったゴドーと。
 スポッターとして超一流の能力を有し、しかし優秀すぎて、告げる『真実』が一般レベルの狙撃手では実行不可能になってしまう成歩堂が引き合わされたのは、天の配剤といえるのかもしれないが。
 ゴドーは、裏に作為を嗅ぎ取っている。
 その『何か』は、成歩堂の態度とも関連があるような感じが漠然として。



 マンションの駐車場に車を止めた後も、成歩堂は降りはしたものの、まだ戸惑いを残していた。

「まるほどう、来いよ」

 硝煙の薫りも発射残渣もないが、この手が血に塗れている事は自覚している。
 けれど、ゴドーが差し出せる腕はこれだけだから、自嘲を捻じ伏せて成歩堂へと伸ばす。
 成歩堂の意志を無視してここまで連れてきたのに、最後の最後で形ばかりとはいえ選択権を渡すゴドーへ、成歩堂は再度当惑混じりの眼差しを向けた。

「まるほどう」

 深みのある旋律で、繰り返すと。
 誘われるように、成歩堂の足がふらりと前へ進んだ。
 弱々しくも、ゴドーの手を厭わず掴む成歩堂。
 見上げる双眸には、確かにゴドーへの恋情が宿っていて。
 この光がある限り、ゴドーは成歩堂を己の腕の中に抱き締める事を、躊躇したりはしない。




 そして、いつか。
 『愛』という弾丸で。
 成歩堂の秘めた心を、撃ち抜くつもりだった。





                                          


ゴドさんを格好良いままで終わりにしようと思ったら、話がブチ切れに。どうにも上手くいきません…(泣) そして、捏造たっぷりです。 とりあえず、ナルを好きすぎるゴドさんだけはクリア。