副題――"未来を。乱入する男"
惚けたように見詰める先に、一人の男。
同じようで違う。違うようで、同一なその人物。
彼の唯一である"守るべき者"――神乃木荘龍と。
まるで色だけを違えたかのように。
瓜二つな、その男。
ニヤリと笑う口元に視線を奪われたまま、近付いてくる姿を唯、見る。
「忘れちゃいないよなァ」
届く声は、少しばかり掠れてはいるがやはり同じで。
頬に触れた指の温もりさえ、同じ。覗き込んで来る"緋"が映す――己の顔は。
今にも泣きそうな、そんな心許ない表情をしていた。
「ゴドー・・・さん」
何とか言葉を絞り出せば、クツリ――ゴドーの喉奥が震え、笑ったように見えた。
"お利口なコネコちゃんには、御褒美をやらないとな"
その言葉が先だったのか、唇が塞がれたのが先だったのか。
息の根を止めようかという勢いで、貪られる口腔。
抵抗する暇も、気力もないまま。ピチャピチャと、濡れた水音だけが耳に落ちる。
背を辿り、掌が肉の薄い臀部を鷲掴んだ。痛みに眉を顰めれば、固く滾った自身を押し付けて来る。
「"コッチ"の方も忘れちゃいないようで・・・嬉しいぜ――まるほどう」
尚も擦り付けるように刺激を加えて来る男から、逃れようと身を捩る。
だが上背を持って押さえ込まれては、体格差ゆえに無理が生じる。
なんなく動きを封じられ、身が浮くほどの拘束に息が詰まった。
「ッ!ア・・・くぅ、っ!」
「逃げられるものか――いや、逃がすものかよ。まるほどう」
「ゴ・・・ドーさ、んっ」
「そうさ、アンタは呼べばいい。唯オレの名だけを、な」
「や、め――っ・・・・」
「クッ!手を放しな、"imitazione"が」
気が遠くなり掛けた時、聞こえて来たのは彼(か)の声。
知らず。安堵する心を咎めるように、ギリッと顎が掴まれた。
「クッ!オレを"imitazione"と言うなら、テメエは"verita"だとでも云うつもりかい?」
ペロリと、濡れた感触が唇を這う。近すぎてぼやける視界の中、ニイッと上がった口角だけがハッキリと目に映った。微かに香るのは、嗅ぎ慣れた珈琲の匂い。好んで飲むのは・・・ああ、何だったか。纏まらない思考の中、二人の声が交錯する。
「何なら"影"と、ハッキリ言ってもいいんだぜ?」
「そりゃあ、アンタの事だろうが――なァ、神乃木荘龍」
「ハ!笑わせてくれる。名も持たないお前こそが――"影"」
ゴドーなどと、どこから拾って来たものやら。嘲るような声音が、響く。
一瞬。ほんの一瞬、痛みを映した瞳。
だが次の間にはその影を消し、楽しむように歌うように言った。
「何とでも言えばいい。オレの手の中には"いる"それこそが真実。何も持たぬのはアンタだろうさ」
抱き上げた身体を愛しむように、黒い髪に口を寄せる。さらりと、艶を持つ髪からは芳しい香り。
うっとりと目を細め、"まるほどう"と――彼だけの愛称で、呼んだ。腕にある確かな重みに、更に笑みを深め。それを強い瞳で見ている者に、見せつけているのか。唇に再度キスを落とし、歌う。
「まるほどう」
それしか言葉を知らぬ鳥のように、繰り返し歌う。
歌いながら踵を返し、後は知らぬ気に足を踏み出す。
腕の中の黒猫はいつしか瞳を閉じ。
全てを彼に預け、身動きもせずに"いる"
「連れて行かせるか!」
掴もうと、伸ばした指をすり抜けるように。
――陽炎の如く揺らめき、消えていく。
「成歩堂!」
ぴくりと指が動く。
「龍一!!」
"蒼"が開かれる。
そして伸ばされた指が―――触れた。
「・・荘龍・・・・」
微かに漏れ聞こえた、声。
掴んだ手を強く掴み、引く。
朧げだった輪郭が、確かな形となり姿を現した。
"まるほどう――"
微かになるのは、彼(か)の声。
僅かに哀切を含んで、届いた。
「ゴドーさん・・・・」
残された成歩堂は、神乃木の腕の中で唯――泣いた。
end。
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黒猫の呟き。
一人でいかせてしまった。
彼を―――
逃げ出した自分を追って、此処まで来てくれた彼を。
(ゴドーさん)
嫌いなんかじゃない。ただ許せないのだ――自分が。
迂闊な自分の行動が、変えてしまった彩(いろ)
"imitazione"などと、呼ばせてしまった。貴方自身に――
(ごめんなさい)
許しは要らないから・・・ただ憎んで。
そんな形でしか、残せない。心は渡してしまった、他ならぬ貴方自身に。
"未来を"――変える事が出来れば。
貴方は今のまま在れるのに。
(役立たず)
正に自分の事。
≪future recognizer≫未来を認識するモノなどと、御大層な肩書きを持ち。
自分が貴方を守っているのだと、いつの間にか履き違えて。
守られていたことも知らない、間抜けな子猫。
(ごめんなさい)
唯、泣く事しか出来ない僕を・・・・嗤って。
(――そして、笑って)
end。
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imitazione=イミテーション、偽物。
verita=真実。
何と、大好きな「未来を」の別verを書いて下さいました!
すっごく嬉しいのですが、ゴドさんがすっごく切ない…。幸せになって欲しいものです。