季節はずれ
まだ2月だというのに、天気予報によればその日の最高気温は20度を越すとの事だった。
「あつい……」
持っていた書類でパタパタと風を送り、その内書類がしんなりしてきてしまったので、成歩堂は慌てて手放し、しわ伸ばしに六法全書を置いた。御剣に見つかったら、説教コース間違いなしの取扱だ。
今朝、寝坊した成歩堂に、自宅で天気予報をチェックする時間など当然なく。
普段の服装――コートにスーツ。スーツの下にベストと厚手のワイシャツ。アンダーもヒートテック仕様――で飛び出してきたものだから。
事務所へ辿り着くまでに大汗をかき、窓を全開にしても、生温い空気が流れ込んでくるだけで。
今日はお客さんが来る予定はないから、と己に言い訳して背広とベストを脱ぎ、ネクタイも外してついでにボタンを3つ程開ける。
「――クッ…コネコちゃんのトンガリが、暑さでくったりしてるな」
「ゴドーさん……お待ちしてました」
「熱いラブコール、照れちゃうぜ!」
『コネコ』呼ばわりに突っ込みもない事から、成歩堂のダメージを推し量ったのだろう。
だらしのない格好を咎めるでもなく、ゴドーは革靴を高く鳴らして所長机まで歩み寄り、持っていたビニール袋と――保冷バッグをそこへ置いた。
所用でいつもの出勤時間より一時間程遅れて事務所を訪れる予定だったゴドーが、出先から『差し入れの希望はあるかい?』とメールしてきたので。
成歩堂はこれ幸いと、『冷たい飲み物を買ってきてくれますか?』と返信した。
季節柄、麦茶も氷も冷蔵庫に入ってなかったのだ。
「ありがとうございます! ん?こっちは何です?」
早速水分補給するべくミネラルウォーターのペットボトルを開けながら、もう一つの荷物の中身を尋ねる。
ニヤ、とゴドーは片頬を歪めた。悪戯っぽく。
「それも、コネコちゃんへのプレゼントさ。受け取ってくれるかい?」
「コネコじゃないんですけどね…。わ、アイスだvv」
半分程ペットボトルの水を吸収した事で、少し回復したようだ。
ゴドーに反論しながら成歩堂が渡された保冷バッグから取り出したのは、バニラ味のアイスキャンディー。
しかし、普通のアイスキャンディーではない。
『超☆巨大アイスキャンディー』
外装に印刷された煽り文句に嘘偽りなく、直径5p:長さは優に15pある。一般的なアイスキャンディーと比較して倍以上のサイズだ。
「こんなの、どこで見付けてきたんですか…?」
真宵達が例に漏れずアイスも好きなので、しょっちゅうアイス売り場に連れて行かれて結構アイスに詳しい成歩堂も、初めて見る。
「ニーズに応えて商品を作るのが、商売ってモンさ」
「?」
相変わらず回りくどい言い方に成歩堂は問い質そうとしたが、『早く喰わねぇと、溶けちまうぜ』と促されて、すっかり意識は逸れてしまった。
ペリペリと包みを剥がし、ありがたく頂戴しようとしたものの。
ふと、戸惑う。
大きすぎて、齧り付く事ができないのだ。
『食べにくいアイスだなぁ…。』
それが正直な感想だったけれど、好意で差し入れてくれたゴドーに対して失礼な事は言えず、仕方なく外側から攻略する事にした。
桃色の舌が、太い幹を舐め上げていく。
絡みつくように、ねっとりと這わし。
そして白い液体を纏わりつかせては、朱い唇の中に戻る。
「ほら、垂れてるぜ」
「あ、ホントだ」
溶けるスピードの方が早くて、棒を持つ手に白い筋が描かれている。
成歩堂はゴドーに指摘され、何の疑いもなくそこにも舌を伸ばし、綺麗に拭い取った。
ボタンを開けている所為で、仕事中にはきっちり隠されている筈の鎖骨から胸元までのラインが露わになり、汗ばんだ肌がきらりと光る。
――当人は勿論全く自覚していないが、成歩堂の動作と姿態は何とも卑猥な想像を掻き立てるもので。
ゴドーはゴーグルの下で、密かにほくそ笑んでいた。
ゴドーが購入してきたアイスキャンディーは、『ビッグマグナム』という名前で販売されている。
販売元は、『男のロマン』グッズを多数取り扱っている、怪しげな店だったり。
前から成歩堂にそのキャンディーを食べさせる機会を窺っていたのだが、成歩堂からの差し入れ催促メールを良い事に、わざわざ寄り道して持参したのだ。
狙い通り眼福な光景に、一人悦に入っていたゴドーだが。
――あんまりなエロ親父振りに、今回は神様がちょっとばかり懲らしめる事にしたらしい。
ぐるりと周囲を舐め尽くし、ようやく何とか口に咥えられるサイズになると。
第二段階だぜ、とエロい期待を募らせるゴドーを余所に。
成歩堂は。
ガリ、と白い歯をたて。
ボキ、とアイスキャンディーを真っ二つに折ってしまったのである。
「――――」
シャクシャク、と涼しげな音をたてて美味しそうに満足そうにアイスを味わう成歩堂は、絶句したゴドーには気が付かない。
成歩堂の行動に、ゴドーが多大なショックを受けた事も。
「………ちと、立ち直れないぜ」
「え?ゴドーさんも暑気あたりですか? 少ししか残ってませんけど、食べます?」
「いや、いらねぇ…」
マスクから覗いている部分が心なしか青ざめ、しかも何故か前屈みになったゴドーを不思議そうに見ながら、成歩堂はその後も遠慮なくアイスキャンディーを噛み砕いて食べていったのである。
ゴドー自身は、歯に染みるのでアイスを舐めて食べるタイプだったが。
成歩堂のように、アイスを噛んで食べても平気な人間がいる事を失念していたのが――敗因。
その日、ゴドーはいつになく大人しく、成歩堂に具合でも悪いのかと本格的に心配されたとか。
下品ですみません。ありがちネタですみません。相互記念がこんな話で、すみません(汗)
リクエストが「振り回す天然ナル」だったので、このオチにしましたが。
「振り回されるナル」だった場合、アイスキャンディーの正しい食べ方をゴドーさんが実践で逐一レクチャーする、というオチになった事でしょう(爆笑)
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