goodnight baby





 ふと、真夜中に目覚める事がある。
 瞼を開いても尚、闇の中。
 尤も、見えないという点では夜も昼も大した違いはないから、ゴドーにとって暗がりは忌むべきものではない。
 それに、ゴドーは真の『常夜』を知っている。
 すうっと血液が身体をすり抜けて深遠に堕ちていき、続いて抜け殻になった身体も吸い込まれていくような錯覚と、それに伴う悪寒に囚われかけたゴドーを救ったのは―――隣の、温もり。
 振動と音を最小限にして、温もりの発生源にぴたりと密着する。定期的な寝息は、ちょっとやそっとの事では崩れないのは分かっていたものの。
 ゴドーより確実に1℃は高い体温は、ともすれば昏く凝りがちなゴドーの魂をいつでもぬくぬくと暖め。滑らせた指から伝わる、さらさらとしていながら矛盾にもしっとり吸い付く肌は、絡み付いてゴドーを疲弊させるメビウスの輪をいともあっさり断ち切ってしまう。
 ゴドーは横向きになり、本格的に成歩堂の感触を堪能し始めた。ゴーグルを装着していないから細部を観察する事は叶わないが、ゴドーの脳裏には、鮮明に全てが再現されている。
 額を隠して益々幼く見せる黒髪とか。
 印象的な黒瞳を覆う、透明感に満ちた白い瞼とか。
 熟睡しきっている時は、2o程開いている唇とか。
 楽しい夢が訪れているのか、緩みきった表情とか。
 こんな風に途中で起きたり、眠れない時はずっと眺めているので、すっかり記憶してしまった。
「クッ・・夢の中でも、たらふくミルクを呑んでるのかィ?コネコちゃん」
 ゴドーの囁きは普段より密やかで、これも安眠を邪魔したりはしない。続いてゴドーは気配と感覚だけで顎へ指を這わし、いつまでたっても円いラインを辿った。
 頬骨の所まで来ると真横に逸れ、小高い盛り上がりの上でくるくると円を描く。プクプクとした頬を突くのがお気に入りで、1晩中弄っていても飽きない自信がある。
 ゴドーさんの鼻筋は通ってていいですよね、と成歩堂が嘆息した事があったけれど、低すぎず高すぎない鼻だって、囓り付きたい位、好みだ。ここまでくると、痘痕も靨かもしれないが。
 感じやすい耳を悪戯して、成歩堂の夢に淫らな桃色を混ぜるのも楽しいし。柔らかな体中に手を這わせて、快い疼きを成歩堂が起きないラインを見極めながら体内へ造り出すのも、休日の朝から成歩堂を貪りたい時は非常に有効なので一挙両得。
 しかし、ゴドーが最も心惹かれるのは。
 ついと指を下げ、それまでの部位とは微妙に、そしてゴドーにとっては明らかに手触りが違う皮膚を探る。指で押して放す際に、ぷるん、という音がついつい思い浮かぶ水分量が20%は増している唇を上下ともなぞり、数oの隙間へ爪先を少しだけ差し込む。
 奥から流れてくる一定のリズムの呼気が爪先へ吹き掛けられ、じんわりと暖められるのを感じると、もうゴドーの『遠慮』は底を尽きる。
「まる・・」
 与えられた温もりを返すように熱い吐息を成歩堂の花弁の上で渦巻かせ、まず上唇を、それから下唇をそれぞれ啄んだ。やんわりゴドーの口唇で挟み込んだそれを、極々軽いタッチながら舌先を滑らせてたっぷりの唾液で湿らす。
 次に、爪先でしたように尖らせた舌を間に潜らせ、1度目より2度目、2度目より3度目に侵入を深めると、成歩堂の唇は意識を覚醒させないまま綻んでいった。
 しかし無理に肉片を絡み取ったりはしないで、歯列をゆっくり確かめたり、口蓋を擽ったり、舌の中央の盛り上がっている部分にゴドーの肉片を重ねたりだの、愛撫は相変わらずもどかしい位に淡く、優しく、控え目だった。
 常ならば、2人分の唾液を容赦なく嚥下させるのに、小まめに吸い上げて喉を詰まらせないように気遣い。息苦しくならないよう、成歩堂の呼吸にキスを合わせる。
 すると次第に、無自覚ながら成歩堂が応え始める。花弁がゴドーを受け入れやすい角度に開き、舌がゴドーのそれを探して蠢いて、深く入ってきた時には吸い付きすらする。
「・・っ・・・ァ・・」
 寝言なのか、喘いでいるのかゴドーでも判別できない音が漏れ出したら、成歩堂の目覚めはすぐそこ。この先、成歩堂がどんな反応をするのかは区々だ。
 ただでさえ大きい目を見開いて、白黒させて、『寝込みを襲わないで下さい!』と真っ赤になってゴドーを詰るか。
 睡魔の方がゴドーより魅力的だとばかり、ゴドーのキスを享受しながらもそれ以上の手出しがなければ何とも心地良さそうな表情でいつしか寝入ってしまうか。
 酸素不足でむーむー唸っている内にエンドルフィンで脳内が麻痺し、緩やかに快楽の虜になってゴドーの首に縋り付くか、おずおずと舌を絡め合わせてくるか。
「ん・・ゴド・・さ・・ぁ・・?」
 舌足らずとも言える滑舌で成歩堂はゆるりと眠りから浮かび上がり、真上に、しかも至近距離で覆い被さっているゴドーを呼んだ。
「・・・まーる」
 真っ先にゴドーの名を発してくれた事の礼に、チュク、チュク、チュク、と濡れている所為で水音混じりになる短いキスを立て続けに贈る。
「な・・ぁに、やって・・んです・・ぅ・・」
 咎めも、軽やかな笑いの中に織り交ぜられ、睦言のよう。
「・・目が、覚めちゃったんですか・・?」
 成歩堂の手がブランケットから出てきて、ゴドーの髪の毛に差し入れられる。その手も、熱い位に暖かい。
 おそらく、成歩堂はまだ半分眠りに浸ったままの双眸でゴドーを眺めているのだろう。見えなくとも、雰囲気と記憶からそう推察できた。
 そして、ゴーグルを取り去った朱い瞳に何を見出したのか。
 成歩堂はしばらく凝視した後。
 ちう、と。
 物凄くお子様的な音を鳴らして、ゴドーにsmackし。
「まるほどう・・?」
 流石に面食らったゴドーを引き寄せ、そのまま白銀の頭を両手で抱え込んだ。
「大丈夫ですよ。眠れるまでこうしててあげますから、安心して下さい・・」
「・・・・・」
 白い髪へ鼻先をつけて成歩堂が齎した台詞と、ポンポンと背中を叩かれる仕草は。
 まるっきり、恐い夢で飛び起きた子供を宥め、親の温もりという安堵を与えて寝かし付ける方法そのもの。
「クッ・・・」
 7つ年上のゴドーを、むずかる子供扱いする事にも笑えたが。
 もっと笑えるのは、きっと朝には忘れている程に寝ぼけている癖して、成歩堂がずばり真実を見抜いた事。
「アンタには、叶わねぇよ・・」
 成歩堂の意識がある時にはそう告げたりしない心情を、闇に溶け込ませ。
 ゴドーは成歩堂の匂いと温もりと腕に抱かれながら、もう悪夢に苛まれる事なく眠りに身を委ねた。




 ゴドーの頭を抱える、という変形腕枕で1晩を過ごした成歩堂は、当然腕の酷い痺れで目を覚まし。
 ゴドーは、案の定どうしてそんな格好で寝ているか覚えていない成歩堂に構わず、『俺が原因だからなぁ・・ちゃんと、責任は取るぜ!』と不気味な程の上機嫌さで宣い。
 痺れきった腕を、嫌がるのを無視してマッサージして朝っぱらからぴーぴー泣かせ。
 勿論、その後違う意味でもガッツリ啼かせた。 

                                          


「甘ちゅう」の「ちゅう」ばっかりになってしまいました(泣)