フラクタル



神乃木荘龍、通称ゴドー。33歳、独身、彼女なし。趣味はたぶん読書。いつも重そうな鞄の中には文庫本が何冊か入っている。身長185センチ、体重は・・・まあぼちぼちってところか。褐色の肌は生まれつきだけど、少し赤みを帯びた瞳は後天的なもの。白髪もそうだ。

斜に構えた姿勢だけれども、性格は真っ直ぐ。これと決めたら何としてもやりとおす。良い意味でも、悪い意味でも。本心をあまり語ろうとしないけれども、実際はかなり分かりやすい。・・・というのは僕だけの感想だろうか。

機械モノにやたら強くて、新しいものが出てくるとチェックせずにはいられない、そんなちょっとミーハーな面もある。

愛用のペンで綴られるのは、几帳面さがそのまま滲み出た筆跡で。適当にさらさら書いていくようでいて、それはとても纏められている。何時僕がそれに目を通しても、これ以上ない位要点が纏められていて。・・・後から書類を見直してみると、ゴドーさんが書いたか僕が書いたか、誰が見ても明らかだ。

身につけているものは、ゴドーさん拘りのものばかり。目玉が飛び出る位の値段がするものを、ごく自然にさらりと着こなしてみせる。僕もいつか、33歳になったらそんな芸当ができるようになるのか。まあ、たぶん無理だと思う。

ちゃり

ポケットから取り出したのは、僕とお揃いのキーホルダー。『指輪の代わり』なんて言っていたそれは、いつもぴかぴかに磨き抜かれている。あの鍵束の中で、僕が一番馴染みのあるものが長い指によって取りだされる。他の鍵は、恐らく星影先生の事務所で使っているものなのだろう。

ゴドーさんがそのキーホルダーを取り出すのは、ゴドーさんの部屋についた時。僕はゴドーさんの部屋に行く度、それを手にしてくれる姿に、何故かほっこりと口が綻んでしまう。思わず僕のポケットに手を突っ込んで、同じ形のキーホルダーを確認して。ゴドーさんには聞こえない様に、ちゃりと鳴らしてその存在を確かめる。

部屋に帰ってネクタイを緩める前にまずする事は、コーヒーのセット。僕はそれを横目で見ながら、今日のブレンドは何だろうかと考えるのが常だ。疲れているような時は、少し酸味の効いたもの。これから残りの仕事をしようとしている時は、苦みが強いもの。

「ほれ。」

差し出されたコーヒーは、苦みも酸味も程良くて。僕はその味わいにほっとする。良かった。今日はどうやら『普通』のようだ。こんな風にブラックコーヒーを楽しめるようになったのは、ゴドーさんのお陰に他ならない。

ほこほこと湯気が立っているカップを傾けると、ゴドーさんの仮面が僅かに曇る。仮面のメンテナンスはしっかりしているようで、ほわほわと曇った部分は直ぐに消えていった。曇り止め処理を施してあるのだろう。本人は気にせずにコーヒーを一口含んで、そして満足そうに笑った。

「・・・どうした?」
「別に何も。」

ただゴドーさんと一緒に仕事をして、その後でゴドーさんの部屋に来て美味しいコーヒーを飲んでいるだけだというのに。こんな『いつも通りの日常』を、こんなに嬉しく思うなんて。

少しだけ不思議そうな顔をして僕の方を見ているから、僕は誤魔化しついでにポケットからタバコを取り出すのだった。


***


成歩堂龍一、俺だけは『まるほどう』と呼んでいる。27歳独身、弁護士。彼女はいないが、決まった相手はいる。・・・当然、俺だ。

特に趣味らしい趣味はないが、インドア派というのは分かる。人混みやら寒いのやら高いのやらが嫌いなせいで、俺たちのお出かけは随分とマイナーな場所ばかりを選ぶ羽目になっている。まあ、その方が人目を気にせずちょっかいだせるので、それはそれで良いとも思う。

身長は176?体重は確実に俺より重い。かといってぽっちゃりというという訳ではなく、平均的な成人男性の体型と言える。とんがり頭とぎざぎざ眉毛は、生まれつきらしい。小さい時の写真を見せろと言ったら、これでもかと怒っていた所からの推測だ。

まん丸な目に真黒な瞳。どこまでも人を信じる姿勢をその大きな目に宿している。吸い込まれそうなあの色彩にじっと見つめられたら、『勾玉』なんてものが無くてもぺらぺらといらん事まで口にしてしまいそうだ。

最近の若いもんの癖に、機械にはめっぽう弱い。一体何世代前のだと突っ込みたくなるような古い携帯電話を何とか操るのが精いっぱい。最近の携帯電話ではテレビが見れるなんて言ったら、きっと驚いてひっくり返るだろう。

面倒くさがりで、掃除があまり得意では無くて。デスクの上はいつでも大嵐。時々デスクから聞こえてくる悲鳴は、書類の雪崩が起きたから。それも適当に纏めちまうから、いつも俺から叱られている。後から探す労力を考えると、今きっちりしといた方が良いとあれほど忠告しているのに、成歩堂はへらりと笑って流すだけ。

弁護士なんて人の前に出る仕事の癖に、身の回りの事に頓着しない。どこで探してくるのか、安い革靴にぺらぺらのシャツで現れた時には思わずコーヒーを奢った程。その後で半べその成歩堂の首根っこを捕まえて、予め俺が買ってきておいたモノを突き付けてやったのは言うまでもない。

ちゃり

今日の業務はこれで終了。成歩堂がポケットからキーホルダーを取り出して、色々な鍵の中から何とか事務所の鍵を探していく。それは俺が指輪の代わりにやったもの。俺と材質違いのお揃いだ。随分と乱暴に使っているのか、所々に傷がついているのが見えた。

それが、逆に俺は嬉しくて。

あの成歩堂が、俺と同じモノを毎日毎日ポケットに突っ込んでくれているのだから。その傷の数だけ、俺たちが一緒に居るという証拠なのだから。

これから施錠されたかをノブを回して確認して、その後で大きく伸びをするだろう。そして俺の方を見上げながら、へにゃりと笑って。

「お腹空きましたね、ゴドーさん。今日は何にしましょうか。」
「『お腹空きましたね、ゴドーさん。今日は何にしましょうか。』」

一言一句、呼吸のタイミングまで完璧な俺の口調に、成歩堂の目がまん丸になった。ぷうと頬を膨らませて、段々赤くなっていく頬をぺちんと両手で隠しながらじっとりと睨みだす。モノマネ禁止なんて軽く足で俺を蹴っ飛ばしてから、そのまますたすたと階段を降りはじめた。

俺は堪え切れない笑い声を何とか喉で殺しながら、先に待っていた成歩堂の髪の毛をくしゃりと潰した。

「この慰謝料は、やたぶきやのチャーシューメンですからね!」

ひらりと手を挙げてそれに了解の合図を送ると、成歩堂はまたへにゃりと・・・俺だけの笑顔を見せてくれて。俺はほっこりとする心のままに、またとんがり頭をぐしゃぐしゃとかき回すのだった。



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