ボクらの距離



付き合って一ヶ月。
普通、それって一番楽しい時期だと思うんだ。
今までの経験を省みても、一ヶ月、時間があれば、デートに行って、手を繋ぐことぐらいは普通だった。
なのに今回の恋は、手を繋ぐことはおろか、並んで歩くことすらできていない。
デートなんて、夢のまた夢。
今だって、検事局から彼の事務所まで一緒に帰ってはいるけど、検事局を訪れていた彼と会ったのだって偶然に過ぎないし。
ボクが「送っていく」と言わなければ、一緒に帰ることもなかっただろう。
…この溜息が出るような状況の原因は、ボクたちの恋人関係の始まり方にある。
もっとも、『恋人』と言う表記すら、あっているのか疑わしいんだけど…。

一月前、想いを告げた。
相手の名前は、成歩堂龍一。
ボクも、そして彼も、れっきとした男だ。
しかも、彼のほうが9つも年上。
それなのに、あるときふと、彼が見せた表情。
その、どこまでも澄んだ、丸くて大きな黒い瞳。
その目を見た瞬間、そんなことはどうでもよくなってしまった。
勿論、諦めようとしたんだけど…気持ちは日に日に育ってしまい、一月前、どうしても抑えられなくなって、告白した。
実の所、自分から告白するのは初めてだったボクは、散々迷い、悩んだ末に正面から言うことにした。
初めて、と言っていいくらいに心臓の音が煩く感じるまで緊張しながら告白したボクに関わらず、当の彼は、いつもの様に片頬に笑みを浮かべ、あっさりと。
「ふぅん。…ありがとう。」
「……?」
「………。」
…………
…こうして、ボクたちの恋人(?)関係は始まった。

ボクは彼に告白し、彼は受け入れた…と、いうより拒まなかった。
そんな始まり方のせいで、ボクはまだ、並んで歩くこともできていない。
ボクが勝手に気後れしてるだけかもしれないけど…なんか、距離がある気がして。
こんなモヤモヤを抱えたボクを気にした様子もなく、彼が先にスタスタと歩いてしまうのが、少し寂しい。

でも、ボクは知っている。
彼が50mくらい歩く毎に、少しだけ、一瞬だけだけど、後ろを確認していることを。
…まるで、ボクがついて来ていることを確認するように。
今までの恋愛では信じられないくらい小さなこんなことが、今は、とても嬉しい。
初めて自分から好きになった人だから、大切にしたいし、長期戦でも構わない。
それでも、ボクはやっぱり、いつかは手を繋ぎたいなぁ。

考えながら歩いていると、不意に視界に影が差し、暖かい感触。
目の前には、グレーのパーカーと水色のニット帽。
抱き…締められ…た!?
「な、成歩堂さん!?急にそんな…えっ!?」
パニックを起こすボクに、彼が囁く。
「轢かれるよ?牙琉検事。」
「え?」
気が付くと、ボクは車道に出掛かっていた。
彼は、それに気付いてボクを止めてくれたらしい。
僕を止めてくれた後、彼はすぐに離れてしまったけど。
「危ないよ」そう言ってそっぽを向く彼の、耳は、顔は、首筋は。
真っ赤に色付いていて。
…全く、もう!
「こっちのが危ないよ、成歩堂さんv」

そうして、ボクは彼と、残りの帰り道を歩いた。
彼の手のぬくもりと、繋いだ分、少しばかり縮まった、二人の距離を感じながら。

end

ふいに抱きしめられた
急に そんな! えっ?
「轢かれる 危ないよ」
そう言ってそっぽ向くキミ

……こっちのが危ないわよ
        (『ワールドイズマイン』より)







響ナルですよ! 初々しい二人ですよv ニットさんのツンデレ具合が、最高ですね。理香さま、本当にありがとうございますvv