birichinata

『7時にいつものベンチで』


成歩堂からの短いメールが届いたのは、まさに日付が変わろうという時だった。
ベッドヘッドに寄り掛かり、本を読んでいたゴドーは。微かな振動に気付き、携帯を取り上げた。
読みかけの頁に栞を挟み、静かに本を閉じる。
パタンと、思いの外大きな音が、静かな室内の空気を揺らした。
その後は、もう続きを読むつもりはないのか。サイドテーブルの上に、場所を定め置く。
メールの内容を見て「……起きられるのかねェ」薄く笑いを刻み、携帯を閉じた。
待ち合わせ場所にいる事が返事だと、勝手に結論付けゴーグルを外す。
灯りを絞り、布団の中に身体を横たえた。
閉じられた瞳は見えないが、口元が緩く弧を描いているのが見て取れた。
茶化したようでいて、楽しみにしているのは間違いない。
その後は軽い寝息だけが聞こえ、ゴドーが眠りに就いた事を教える。
全ては目が覚めてから――そう言っているかのような、夜の闇だった。


時間通りに(正確には5分前だったが)約束の場所に着くと、
そこにはラフな格好をした成歩堂がベンチに腰掛けていた。
寄りかかり、ぼんやりとしている風だったが。
ゴドーに気付くと、立ち上がり「ゴドーさん!」嬉しそうに手を振った。
「クッ、ちゃんと起きられたようだな」
ポケットに入れていた手を出し、ひらりと振り返す。

朝の爽やかな空気の中を、ゆったりとした足取りで距離を縮めていく。
待ちかねた成歩堂が、ベンチを離れゴドーに向かう事で、二人の距離は一段と近くなる。
どうやら、かなり早くから此処に来ていたらしい。
その証拠に、成歩堂の髪には、桜の花びらが幾枚か乗っていた。
黒々とした髪に、彩りを添える薄桃色。
ふ、とゴドーの口元が歪み、自然と手が成歩堂の頭へと向かう。
ぐしゃぐしゃとかき混ぜるようにして、花びらを散らすと
「わ!何するんですか、ゴドーさん」慌てて身を離す成歩堂がいた。
「ン?格好に合わせて、髪型もラフにしてやったのさ」
しゃあしゃあと言ってのけるゴドーも、目的は知らないはずなのにラフな格好をして。
暖かな春の陽に身を晒している。夏の眩しい光とは違い、柔らかさの感じられる光は。
いつもよりゴドーの髪を明るく見せていた。

月の光を集めたような銀の色が、今は桜の色を写したかのように仄かに薄桃を帯びている。
悪戯な手から、少しばかり距離を置いていた成歩堂も。
その不思議で美しい光景に目を奪われ、言い募ろうとした文句を飲み込んだ。
咲き誇る桜を二人で楽しもうと、昨夜ゴドーにメールを入れたのだが。
桜を楽しむより、ゴドーの存在に気を取られてしまう自分に気がついて。
(参ったな)
内心、深く溜め息を吐いた。今も、言葉を忘れたかのように唯、魅入って。
不審に思ったゴドーに声を掛けられるまで、立ち尽くすという。
有る意味『何がしたいんだ、アンタは』状態の成歩堂だった。

「クッ、立ったまま寝るとは。案外器用だな、アンタ」
クツクツと肩を揺らし、ゴドーが笑う。その拍子に、同化していた花びらが髪から落ちた。
ひら。
まるで雪が舞うかのように、静かに降る。
「いやいやいや!起きてますから!」
慌てる成歩堂の姿に、益々笑いを誘われたのか。
身を折り曲げ、仕舞いには腹を抱えて笑い出した。
朝の静けさを破り、木々を、花を揺らす勢いで。

「…………そこまで笑います?////」
「クックックッ―――相変わらずの百面相に、ツボを押されちまったぜ」
笑いを止めきれないゴドーの声は、微かに震えを帯びていた。
気を許せば、また笑い出してしまうと、知ってか。
一応、口元を引き締めるという努力はしたようだが、その努力も無駄だったらしい。
眉をヘタレさせた成歩堂の顔を見た途端、またも盛大に噴き出した。

なんとか笑いを収めた時には、息も絶え絶えといった風にベンチに寄り掛かり。
笑い過ぎて痛む腹をさするゴドーがいた。
少しばかり憮然とした顔で、ゴドーの隣に腰を下ろした成歩堂は。
同じように寄り掛かり、空を見上げた。
木々の間から覗く空は青く、徐々に朝の色を薄くし始めた。
そよと、吹く風も冷たさを薄くして、陽が昇れば汗ばむだろう暖かさを予感させた。
「………笑い止みました?」
静かになった隣を窺えば、口に手を当ててはいるものの、
笑いの発作からは解放されたらしいゴドーがいた。
「ああ。朝から腹筋鍛えさせて貰ったぜ」
フゥ、と大きく息を整え成歩堂に向き直った。
「それは良かったですね」
あまりの堂々としたゴドーの態度に、ガクリと肩を落としそれ以上の言及を避けた。
「さて」
スッと立ち上がり、成歩堂に手を差し出すゴドーに。
どう反応していいのか戸惑っていると
「どこに連れて行ってくれるんだい?」
ニヤリとイイ笑顔のゴドーが言葉を続けた。
「………なんか逆じゃないですか?」
見上げる成歩堂に、
「どっちでも構わねえだろ?大事なのは、アンタとオレがナニをするか――だ」
グイと引っ張り上げ、急な事に体勢を崩した成歩堂を抱き留めた。

「本当にゴドーさんって、心の赴くままに行動しますよね」
肩口に顎を乗せ、疲れたように成歩堂が溜め息を吐いた。
「溜め息ばかり吐いてると、痩せちゃうぜ?」
「…幸せが逃げる、じゃなかったですかね」
「オレが居なくなったら寂しくて泣いちゃうだろう?」
「幸せ=ゴドーさんという図式ですか」
「異議ありかい?」
「………異議はありません」
「クッ、素直なコネコちゃんにはご褒美だ」
人通りが少ないことをいい事に、延々と恥ずかしい会話を続ける二人に。
残念ながらツッコミを入れる者は居なかった。
それどころか、ますますエスカレートするいちゃつきに。
呆れた春の風が、びゅうと強く吹いた。

「うわ」
「クッ」

下から巻き上がる風に、一緒に飛ばされてきた花びらが、二人の間に割入り。
触れようとしていた唇を離れさせた。
「……やってくれる」
唸るようなゴドーの言葉は、どうやら悪戯な風に向けてらしい。
無機物、というより自然の為す事にまで目くじらを立てるそんなゴドーに苦笑しながらも、
実は似たような事を考えていた成歩堂だった。
ゴドーに恐れを為した訳ではないだろうが、タイミング良く治まった風は。
舞い上げた花びらを地に帰した。
「もう邪魔するんじゃねえぜ?」
そう釘を刺す相手は、どうやっても風なので勿論応えは返らない。
代わりに成歩堂が「はいはい、そんなコワい顔をしない」せっかくの二枚目が台無しですよ?
チュッと頬にキスする事で、意識を自分に向けさせた。
「クッ、悪戯好きなのは風だけじゃなかったようだな」
だがそんな子供騙しのキスじゃ、オレは満足しないぜ。言うが早いか、唇を重ねた。
「ちょ、待っ―――」
「却下だ、まるほどう」
グズグズしてたらまた邪魔が入るかもしれないからな。
入る前に繋がる、それがオレのルールだぜ!
クッと唇を歪め、騒ぎ立てようとする薄桃色を塞いだ。

はらはらと。
控え目に降る花びらにも似た色が。
徐々にその色を濃くしていくと。
桜も同じように色を変え。

ひらりと肩に。
ふわりと髪に。

降り積もり、風に遊ぶ。
そして、何気なさを装ったゴドーの手によって。
静かに大地に還るのだった。


end。

birichinata――悪戯




『 White Fang 』のnaoさまから、8万hitのフリー小説をいただいてきました。
春のゴナは、また格別ですね!(一年中萌えるけど) 当方の幸せ=ナル受け話沢山・・・vv