arrossamento

「・・・言ってませんでしたっけ」
「何をだい?」
「・・・僕は"インドア派"だって」
「さあてな。聞いたような、聞かないような」
まあ此処まで来たら、いいんじゃねえか?――どうでも。
ゼイゼイと肩で息をしている成歩堂の肩を叩き、笑う。
ジロリと、半眼で睨んで来る成歩堂には悪いが、オレとしたら楽しくて仕方ないのだ。
重なった休み、珍しく何の邪魔も入らず二人きりでの外出。それも快晴の空の下で、だ。
大体が雨男の成歩堂だ、出掛けようとすると狙ったかのように雨が降り出す。
如何なオレでも、そう何回も天候を左右する事は難しい。
出不精の成歩堂は雨が降り出したの幸い"まあ、家でゆっくりしてましょうv"なんぞとそれはそれは嬉しそうな顔で言う。そのあまりの清々しさに、もしかしたら自分と出掛けるのが嫌なんじゃ・・・そう勘繰りたくなるくらいだ。"やだなぁ、ゴドーさん。雨の所為ですよ、雨さえ降ってなければ喜んで出掛けましたって"ソファで寛ぎながら、嘘臭い台詞を堂々と宣う。
晴れていたとしても何かしら言い訳を考え、家でダラダラする事を選ぶだろう。
(まったくジジイか)
溜め息のひとつくらい吐いても、てんで堪えやしない。昔はもう少し可愛げがあったのに――そう言っても"ま、それは誰かさんの影響と言う事でvv"そんなふてぶてしい台詞を口にし、ニヤリと笑うだけだ。

「・・・あと、どのくらいですか」
「そうだな――あと小一時間、と言ったところか」
「よし!此処で休憩しましょう!!」
オレの言葉を聞いた成歩堂が、多少自棄になったような声で勝手に休憩宣言をした。
「これくらいで音を上げるとは・・・困ったコネコちゃんだぜ」
「だから僕は"インドア派"だと言ったでしょ?静かに読書をしたり、香り高い珈琲を楽しんだりする方が性に合ってるんです」
「クッ!いつ見ても寝てるようにしか思えないんだが、オレの思い違いかい?」
「そうです、錯覚です。ゴドーさん、眼鏡の度が合わなくなってるんじゃないですか?」
「・・・人を老人扱いするんじゃねえ」
「あれ?僕は"眼鏡の度が合わないんじゃないか"そう言っただけですよ」
老眼だなんて一言も言ってませんけど?丁度在った切り株に腰を下ろし、足を伸ばした。
あー、疲れた。コキリと首を鳴らし、背負っていたリュックからお茶の入ったペットボトルを取り出す。
ゴクゴクと美味しそうに飲むさまを暫く眺めていたが、重い尻が上がる気配もない。それどころか「あ、ゴドーさんも一口如何ですか?」飲み差しをこちらに差し出し口元を拭っている。
「・・・ありがとうよ」
せっかくの好意を無下にするワケにもいかず(呆れも多分にあったが)渡されるまま手に取った。
"ふー、活き返るな"そんな台詞と共に笑顔を見せて。休んだ事で景色を見る余裕も出来たのか、キョロキョロと辺りに視線を巡らせている。その判り易い態度に苦笑し、徐にペットボトルに口をつける。どちらかと言えば珈琲を飲みたい気分なのだが、まあ目的地に着いてからのお楽しみ――という事にしておこう。ゴクリと一口含んだところに「間接キッス」ぼそり、成歩堂の呟きが耳に入った。思わず噴き出しそうになり、慌てて飲み込んだが噎せる事は止められなかった。身を折って咳き込んでいると「大丈夫ですか?」張本人の、のほほんとした声が聞こえてきた。背を擦る前にその発言を反省しろ!尚も咳き込みながら、言葉に出来ないツッコミを心中で入れる。
「まるほどう・・・・・」
「やだなゴドーさん、そんな怖い顔をして。僕は事実を口にしたまでですよ」
「―――元気になったようだから先に進んでいいな」
「え。いや、出来たらもう少し・・・」
「却下」
少しばかりの仕返しを込めて、座る成歩堂を強制的に引き上げる。そんな反撃が来るとは思わなかったのだろう、ニヤニヤとした笑いを冷や汗に変え異議申し立てをして来た。勿論、速攻却下して終わりだ。
「ゴドーさぁん」
情けない声を出しても自業自得、後先考えないいつもの行き当たりばったりな行動は命取りだと――身をもって知った事だろう。
「さあ、行くぜ。まるほどう」
「ううう」
諦めたのか、渋々と歩き出したが「ゴドーさんのばか」小さな声で悪態を吐く事も忘れない。
「何か言ったかい?」
聞こえていても態と振り向き、確認を取る。成歩堂の慌てふためく様を見たいが為に。
(相当な悪趣味だな)
クツクツと笑うオレに、揶揄われたと気付いたのだろう。
「ばか」
今度はハッキリと口に出して睨んで来た。そのままズンズンと足音も荒くこちらを追い抜き、振り返りもせずに先へ進んで行く。そんな成歩堂の背を見送り、ゆっくりと後を付いて行く。標高が高い所為か、少しばかり下よりひんやりとした空気の中、のんびりと。一本道なので迷う事はないだろう――そう考え、前を歩く成歩堂の心配はしない。
「まったく・・・子供かい」
口には出すが、嫌いなわけではない。むしろ微笑ましい行動だとフィルターの掛かった目には映る。
真っ直ぐで、隠す事をしない。感情の全てを瞳に現し、目まぐるしく変えていく。見ていて飽きないとは、正しく成歩堂の事を指すのではないか。少しは落ち着け、そう言いたくなる事もあるが・・まあ、落ち着いた成歩堂というのも違和感があるかもしれない。
(どういう意味ですか!)
想像の中にもちゃんとツッコミを入れる成歩堂がいて。一人笑っていると、「ゴドーさん!!」突然大きな声が呼んだ。何事かと見れば、離れたところから手招きをする成歩堂の姿があった。
「どうした」
見たところ怪我をした風でもなさそうだ、ならばそう急がなくてもいいだろう。そう結論付け、差し招かれるまま歩を進めていると業を煮やした成歩堂が「早く早く!」そう急かした。目がキラキラとしているところを見れば、どうやらあれに気付いたという事か。理由に思い至り納得する。
「もう、のんびり屋だなあ」
「クッ!アンタがせっかちなのさ」
辿りついた途端、グイグイと手を引かれ先を急がされる。さっきまでの尻の重さはいったい何処へ行ったのやら。繋がれた手の温かさにニヤケながら、トゲトゲの後ろ頭を見る。それは木漏れ日を浴び、艶のある黒を白く光らせていた。時折吹く風も、キッチリと整えられた髪を揺らす事が叶わないのか、諦めたように通り過ぎて行く。――と不意に芽生えた悪戯心に、クツリ。気が付かれないように笑いを零し、そっと頭の上に手を翳した。そして持ち主に何の断りもなく、グシャグシャと掻き乱す。"なっ!!"そう言ったきり、何が起きとのか一瞬言葉を失った成歩堂を置き去りに、尚も掻き回せば。やっと正気に戻ったらしい成歩堂の「ゴドーさん!!」法廷も斯くや、といった風な鋭い待ったが掛けられた。
「なんだい?」
「"なんだい?"じゃありませんよ!止めて下さい、頭がボサボサになったじゃないですか!」
「クッ!元からその髪型だったと思うがな」
「ふざけるな!」
「自然の中では自然のままに――それがオレのルールだぜ!」
ウインク付きで、理由にもなっていない理由を突き付ければ
「ゴドーさん・・・・」
ガクリと肩を落とした。ポンポンと宥めるようにその肩を叩けば、ジロリと上目遣いで睨んで来る。
「カワイコちゃんに磨きが掛かって良かったな、まるほどう」
「・・・・良くありませんよ。それに、カワイコちゃんは止めて下さい」
掻きあげてもパラパラと落ちるばかりで纏まらない髪に、とうとう諦めたのか。溜め息を吐いて作業を放棄した。
「クッ!些細な事に気を取られていたら、肝心な事を見逃す事になるぜ?」
「・・・誰の所為ですか、誰の」
「さあてな。それは風に聞いてくれ――ってコトでいいんじゃねえか」
「・・もういいです」
反論する気力も失せました。そう言って再度溜め息を吐いた。
「まあそう言うな。この景色を見る為に来たんだ、機嫌直して一緒に堪能しようぜ」
「――ふぅ・・・・アナタには敵いませんよ」
「クッ!笑った顔の方が可愛いぜ?コネコちゃん、ってな」
「恥ずかしい台詞は止めて頂きたいですけどね」
その間も離される事のなかった手を揺らし、照れを誤魔化すかのようにソッポを向いた。
その顔は、眼前に広がる木々の紅葉より色付いて。赤は良く見えない筈のオレの目を楽しませる。
さわさわと。色取り取りの葉が揺れる。澄んだ空気と、爽やかな秋の空の下。
柔らかに吹く風が、先程乱した成歩堂の髪を。そしてオレの髪を緩やかに撫で――まるで笑っているかのように過ぎて行く。

「ありがとう、ゴドーさん」
「なんだい、藪から棒に」
「こんな綺麗な景色を見れたのも、ゴドーさんが無理矢理連れて来てくれたおかげです」
「・・・お礼を言われてる気がしねえんだがな」
「やだな、感謝してますから。本当ですよ?」
ほらこの通り。
ちゅっ。
頬に感じた温かな感触。どうやらお礼のキスらしい。
「これだからコネコちゃんは――」
やれやれと大袈裟に肩を竦めてみせれば
「今は景色を楽しむのがいいだろうぜ!ですよ、ゴドーさん」
物足りないのは僕も一緒ですからね。珍しくも大胆な発言をする成歩堂に目を見張れば。
耳までも染めた可愛い恋人の姿があった。

見ていたのは―――
そんな二人に当てられたのか、少しばかり色を濃くした木々の葉たちだけだった。


end。

arrossamento=紅葉






『 White Fang 』のnaoさまから、6万hitのフリー小説をいただいてきました。
二人でハイキング。インドアでも、アウトドアでもラブラブなゴナが大好きですvv