arcobaleno



ポツ、ポツポツポツ

ザァー

硝子の窓を濡らす、透明な雫は。
同じく透明な壁に跳ね返り、滑り落ちる。
色のないそれを"雨"と呼んだのは、いったい誰だったのか。止むことなく降り続ける、今の季節にしては冷たい雨。受け止める花々には、少しばかり強いと思われる勢いで落ちてくる。まるで叩かれているかのように頭を垂れ、伝わり落ちるのは涙か。止める術を持たない成歩堂は、唯。見つめる事しか出来なかった。

ーーゴドー宅。

降りしきる雨も、空調の効いたこの部屋には何の影響も与えることなく。窓枠を額縁に見立てれば"一枚の絵画"と呼べなくもない。部屋の主は、いつも通り珈琲を啜りソファで寛いでいた。今日は来客の予定もなく、のんびりと読書でも楽しもうかーーーそう思っていた矢先、玄関のチャイムが鳴った。だというのに急ぐでもなく、むしろ悠長な態度で珈琲を啜る。その間に、再度チャイムがなったというにも関わらず、だ。

カチャ。

そうこうしている内に、鍵の開く音がした。訪問者はどうやら合い鍵を持っているらしい。ならばチャイムなど鳴らさずに入ってくればいいのではないか。そんな疑問を感じるが、部屋の住人が何も言わないところをみるといつもの事なのか。あいかわず優雅な態度でソファに足を組んで座っている。

「もう、いるんなら開けて下さいよ」

訪問者はリビングに足を踏み入れた後、そこにいる人物に気付いたらしく挨拶もそこそこに文句を言った。だがそんな態度もいつものことらしい、口角を上げただけで何も答える様子はない。

「ゴドーさん、聞いてます?」

業を煮やした男は、つかつかとソファに近寄り目の前に立った。それでもゴドーは寛いだまま、視線だけを向けた。片眉を器用にもひょいと上げ、「鍵があるんだから勝手に入ってくればいいじゃねえか。前にそう言ったろうが」腕を組んで仁王立ちする男ーー成歩堂にそう言った。「鞄から出して、鍵を開けるなんて面倒じゃないですか」だからチャイムを鳴らしてるのに。返ってきたのはそんな台詞。それを聞いたゴドーは、怒るより先に呆れが立ったらしい。「・・・・・ならオレがソファから"わざわざ"立ち上がって"わざわざ"玄関まで行って"わざわざ"鍵を開けろってのかい?」少しばかりの嫌味を込めて"わざわざ"を繰り返す。向かい側のソファに座り、まるで自宅のように寛ぎ始めた成歩堂は。「そうですけど」それが何か悪いのかーー解らないといった風な視線をゴドーに向けた。それを聞いたゴドーは一旦口を開きかけ、だが何かを諦めた様子でまた口を閉じる。ふう。聞こえたのは深い深い溜息だけだった。




「ゴドーさん」

成歩堂が再び声を発したのは、時計の長針が一回りした頃だった。うつらうつらとしながら、本を読むゴドーを眺めたり自らも活字を追ったりしていたのだが。とうとう眠気が勝ったのか、ぱたりと本を閉じた。そしてそのまま眠りに突入すると思いきや、徐にゴドーの名を呼んだ。

「・・・どうした」

本から視線を上げ、半分目を閉じ掛けている成歩堂を見た。少しの間の後、"散歩に行きましょう"そんな言葉が聞こえた。寝惚けてるのか?そうゴドーが考えた時、"一緒に、散歩に行きましょうね"先程よりハッキリとした口調が告げた。
「紫陽花が雨に濡れて、綺麗だったんです」
でも。一人で見ていたらなんだか寂しくなっちゃって。ゴドーさんと一緒なら大丈夫かな、そう思ったんです。綺麗なのに寂しい、綺麗だから怖いーー変ですよね。
そう言って一旦口を閉じた。そしてこちらの答えを待たずにまた喋り出す。
「涙みたいに見えたんです。そうしたら自分も泣いている気がして、思わず目元を触ったりして・・・」
ハハ、何やってるんだろう。傘に当たる雨の音を聞きながら、花の前に立ち尽くす。大の大人が、雨の中するような事ではないと、解っていても動けない。そんな呪縛を解いてくれたのは、車のクラクションでした。ハッ、として辺りを伺えば知らぬ間に雨は上がっていて。傘を差している人などいませんでしたよーーそう、自分以外は。

そう言って起き上がった拍子に、乗せてあった本がバサリ落ちた。それを拾おうと身を屈めたところへ、今まで黙って聞いていたゴドーが「気が付いてないのかい?」言いながら傍に立ち。不思議そうな顔で見上げてきた成歩堂の前にしゃがみ込み、目元に指を滑らせる。濡れた指先を見せ「泣いてるのはーーー"今"だ」そう教えるのだった。
「え?」そんな指摘を受けるなどとは、思ってもみなかったのだろう。少しばかり驚いた顔をし、確かめるように自分の目元を擦った。すると確かに濡れた感触がして、"嘘、なんで・・・"信じられないというように何度も擦る。その手をやんわりと掴み、"そんなにしたら赤くなっちまうぜ?"苦笑しながらゴドーが止めた。
「ゴドーさん」
「クッ!寂しがり屋のコネコちゃん、嫌いじゃないがな。何をそんなに不安に思ってるんだい?オレはーーー」
チュッ。掴んだ指先にキスをして、真っ直ぐに視線を合わせた。「オレはここにいる」トン、指したのは成歩堂の心臓の上「アンタの"ハート"にしっかりと刻み込まれている筈だ」違うかい?そう言ってニヤリと笑った。
「バ・・・////」
バカですか、アナタは!!/////瞬時に全身を朱に染め、恥ずかしい台詞を何の衒いもなく口にするゴドーに食ってかかった。だが相手は一枚上手だったらしい。ますます口角を上げ、憤死しそうな台詞を耳元に囁くのだった。


ーーそして。
異議を申し立てようとした、成歩堂の唇を。
塞ぐのは勿論、ゴドーの唇で。
そんな二人を見ていたのは

上がった雨の後、鮮やかに掛かる"虹"だけだった。



end。


arcobaleno=虹





またしても(笑)、naoさまから頂戴しましたv 気障でも格好いいゴドさん。いいですねぇ。