春の午睡



「まるほどう、コーヒーでも飲むかい……っと」

 マグカップ片手にリビングへ戻り。
 ベランダへ続く窓付近を視界にとらえ、俺は慌てて口をつぐんだ。

 ――今日は良い天気ですから、お布団干しましょう!

 そう言って、成歩堂のやつが俺たちのベッドから布団や毛布、敷布まで剥ぎ取ってベランダに干したのは今朝方のこと。
 マットまでは外に出せる余裕がなかったので、日当たりの良い窓近くに置き、ついでとばかりに大掃除をするはめになってしまった。

 日頃から小まめに片付けている部屋は、けれどもところどころに綿ぼこリがたまり汚れていて、おかげで俺たちは貴重な休日の前半分を掃除なんかで費やしてしまった。

(疲れ切ったコネコちゃんはのんびり午睡、ってわけかい)

 俺がキッチンで芳醇なアロマを楽しんでいる間に、成歩堂はむきだしのマットに寝転がって手足を伸ばし、レースカーテン越しの日差しを受けている。
 うたた寝どころか、熟睡しちゃっているのはそのだらしなく緩んだ口元で分かる。無防備に寝入る成歩堂がまるで子供のように見えて、俺はクツクツと喉奥を震わせた。

「可愛いじゃねぇか、まるほどう」

 洗いざらしのシャツに穴の開いたズボン。ラフな格好でくつろぐ成歩堂は法廷で見る姿と全く異なっていて。
 プライベートの限られた相手だけに見せる、特別で当たり前な日常に胸が甘くとろけていく。

 俺は両手に持っていたマグカップをフローリングにじかに置き、成歩堂を起こさないよう気をつけながらマットの端に腰を下ろした。
 キシリとかすかなスプリングの音に反応したのか、成歩堂の眉がかすかに寄る。

「……ん、ぅ」

 かすかな吐息をもらすものの、起きる気は全くなさそうだ。
 接触や振動に気をつけながら、俺は隣の位置まで這い上がり、向かい合うようなカタチで寝そべった。

 うららかな春の午後。淡い光が外から差し込む。
 窓を開ければ冷えた空気が入ってくるのだろうが、空調完備したこの部屋では寒さなどは一切感じられない。

 今日は神ですら身体を休めた曜日で、恋人たちの惰眠をとがめる存在はない。さしていえば緊急の連絡が携帯へかかってくるかもしれない懸念だが、すでにこっそりと互いのソレの電源は落としている。電話やメールといった無粋な邪魔が入る可能性はない。

「そんな風に無防備に寝ていると悪い狼に食べられちゃうぜ?」

 その瞳が閉ざされているだけで、どうしてここまで幼い雰囲気に変わるのだろう。
 子供のように穏やかで、かつ、その眠りを妨げてはいけない静謐な寝顔。

「5つ数える間に異議申し立てを行わない場合、コネコちゃんもその気とみなして刑を執行させてもらうからな、まるほどう」

 『悪い狼』である俺としては、だからこその嗜虐をあおられて、その肉を食らわずにはいられない。
 否、成歩堂が成歩堂である限り、俺は飢えた獣のままむさぼり続けるのだろう。その手も足も身体も鼻も口も耳も、何もかもを自分のものにするまでは。

「5……」

 けれど、日ごと夜ごとその四肢を封じて意のままに受け入れさせても、完全に成歩堂が俺のものになったことはない。いつも強い意志を瞳に宿し、真の勝者として君臨する。心の全てを明け渡しておぼれる俺は、従順な下僕でありながら支配者の身体を組み敷き貫く。

「4……」

 デスクワークでなまった白い身体は柔らかく、求めるがままに手足を曲げて受け入れる。基本的に女性との関係でも受身の快楽しか知らなかったのだろう成歩堂は、水を吸う砂のように俺の手管を吸収し、今となっては歴代の誰よりも淫らにあおるのだ。

「3……」

 深夜の淫靡な姿とは対照的なあどけない寝顔を見つめ、俺は淡々とカウントダウンを続ける。寝入る時は口の方が呼吸しやすいのか、うっすら開いた唇から規則正しい空気の流れを感じる。吐息に交わせて肩や腹がかすかに動くのが、なにやら小動物の愛らしい寝姿に似ていた。

「2……」

 濃密な夜の余韻を脳裏に思い浮かべていたのに、己の内部が途端に穏やかになごむのを感じ、目を細めて笑みをこぼす。自覚する以上にこの年下のコネコにヤラれている事実を再認識し、けれどそんな自分がイヤではないのであるがままに事実を受け入れて、成歩堂の顔にそっと手を伸ばした。

「1……」

 執行まであとわずか。手を伸ばして頬に触れると、日のぬくもりを吸収した肌は温かく柔らかく。滑らかな皮膚が心地よくて、俺は指先で成歩堂のパーツをたどった。まぶたの下りた瞳、すっと通った鼻筋、ふくよかな、甘い唇。その何もかもが俺を狂わせるには充分で、内に秘めた魂ごと愛撫してやりたい衝動にかられる。

「ゼ……」

 ゼロ、と判決を下そうとした時、成歩堂の手がもぞもぞと動き、顔にあった俺のそれを捕らえた。
 そして、宝物のようにうっとりと抱きしめ、瞳を閉じたまま緩んだ笑みを浮かべた。

「ゴドぉ、さん……僕、ぅ……」

 寝ぼけた声はかすれて聞き取りにくい。
 けれども、俺の名前の部分だけはかろうじて耳に届き。

「クッ……とんだコネコだな」

 夢の中ででも俺を求める、そのあからさまな証拠品の提示に。
 やれやれと息を吐き、カウントダウンを停止して執行を放棄した。

(執行猶予を与えるのは今だけだぜ、まるほどう)

 ここまで幸せそうな笑みを浮かべられて、邪魔ができるはずがない。
 片手をそのまま抱かせていると、成歩堂は満足しきった様子でふわりと夢路をたどる。

「目が覚めたら覚えてろよ、コネコちゃん」

 降り注ぐ春の日差し。静かな時間。耳に届くのは、穏やかな恋人の吐息。
 目覚めのあとを楽しみにしつつ、俺もまた成歩堂の眠りの供をすべく春の午睡に意識を手放した。







初めて、桂香さまのフリー小説をゲットできました! カウントダウンの部分が、素敵でうっとり…。これからも、沢山ナル受け話を書いていただきたいと、心から願わずにいられませんv