primavera




――ある春の日の。


ソファには神乃木。
次の裁判の資料だろうか、厚みのあるファイルを読んでいる。時折、頁を捲る音が聞こえ。手にはいつものように白いマグ。珈琲が満たされている事は間違いない。何しろ芳醇な香りが漂っているのだ、勘違いのしようもない。口に運んでは、美味しそうに飲む。果たして何杯目なのか、片手では足りない事だけを知らせておこう。

そしてその傍らには、成歩堂。傍らとは言っても、足元――ソファの下に腰を下している。"ヤツがソファに座っているところを見た事がない"――とは神乃木の談。確かに目撃者は皆無のようである。食事の時も毛足の長い絨毯に座り、ローテーブルで摂るくらいだ。一度『なんでソファに座らない?』そう聞いた神乃木に『絨毯の方が気持ちイイ』返ってきたのはそんなアッサリとした台詞。呆れる神乃木を見て『ダメですか?』小首を傾げるのは無自覚な小悪魔。溜め息を吐くしかないのは、最早決まり事と言ってもいいだろう。

その成歩堂だが、ソファに寄り掛かりながら至極楽しげだ。そんな彼の前にも白いマグ。中身はカフェオレである。ブラックは苦くて飲めないらしい彼の好物だ。
『どこまでお子様なんだか………』作る度に、やれやれといった風に首を振られるが。無理して苦いモノを飲む必要はないと、気にもかけない。意外としたたかな成歩堂だった。

今は、商売道具でもあるサックスの手入れをしながら、のんびりと鼻歌など歌っている。演奏はあれほど見事なのに、どこか音程がずれて聞こえるのは……気の所為だろうか。曲は多分"over the rainbow "オズの魔法使いのようだが―――。


「さっきからアンタが歌ってるのは、なんて曲だい?まさか"over the rainbow "とか、言わねえよな」
「そうですけど?」
「………………………」
「ちょっと。なんで黙るんですか、失礼だな」
「………………………」

無言のまま肩を竦め、ファイルに目を落とす。その話には深く立ち入らない事に決めたのか、それ以上は何も口にしなかった。尚もブツブツと文句を言っていた成歩堂も、反応が返らないので諦めたらしい。ソファに凭れて、サックスの手入れに戻った。

流れるのは静かな時間。懲りもせず鼻歌を歌う成歩堂を、苦笑を浮かべ見やる神乃木。窓からは暖かな光が差し込んで、春を実感させる。

一週間も経たない中に、桜も満開になる事だろう。すでに蕾は綻び始め、早いところではお花見が出来るという。


"桜を見に行きたい――二人で"


ソファの上と下で。
ふと、同じ事を考えたとは露知らず、互いに案を練る。

何時がいいだろうか、何処へ行こうか―――何か美味しいもの、お酒、珈琲・・・・珈琲?

クッ。ぷっ。

同時に笑い出した事に、顔を見合わせて。

「何か楽しいコトでも、あったかい?コネコちゃん」
「神乃木さんこそ急に笑い出すなんて・・スケベですよ」
「おいおい、そりゃあアンタも同じだろうが」

呆れ顔でそう切り返す神乃木に、笑顔のまま成歩堂が考えていた事を口にする。

「―――二人で桜を見に行きたいな、そう思ったんですよ」
「・・・アンタもかい、オレも同じ事考えてたぜ」
「え!そうなんですか。以心伝心だなぁ」

思うところが同じと知り、ますます笑みを深くする。座る神乃木の膝に手を乗せ、嬉しそうに見上げる。そんな成歩堂の頭をポフポフと撫でながら、こちらも楽しげだ。

「クッ、それで?なんでアンタは笑ったんだい?」
言ってみな、聞いてやるぜ。

「あ、それはですね。何を持って行こうかなー美味しいもの、お酒・・って考えてたら"珈琲"は必ず要るよなぁ、って。そう思ったら、笑っちゃったんです」

思い出しながら、またもクスクスと笑い始めた。今度は頭を乗せて、直に温もりを感じようというのか。幸せそうな顔で目を閉じている。

「・・アンタ、オレの頭の中覗いたんじゃねえだろうな」
「?」
「オレもそう思って笑った――そういうコトさ」


あまりのシンクロ具合に、顔を見合わせまた笑いあう。寄り添っているのは身体だけではなく、心もだとそう感じた。

「行きましょうね、お花見」
「ああ、そうだな――おっと珈琲、忘れないでくれよ?」
「もちろんですよ。あ、美味しいものも、ですからね」

そう釘を刺すのも忘れない。

(両目を瞑ったら、ウインクじゃねえだろう)

神乃木の呟きはもっともだが、こちらは聞かなかった事にしよう。

「クッ!オレにとっての"美味しいモノ"それは、アンタだぜ?」
「ッ///////食べ物のコトです!!」
「ツレないコネコちゃん、嫌いじゃないがな」

あとでちゃんと食べさせてくれればイイさ。こちらは憎らしいほど様になっているウインクをひとつ。


そして――いつの間に抱き込まれていたのか。赤くなるのはコネコ、もとい、成歩堂。触れようとする唇を、押しとどめ身を捩る。晒された耳に熱い吐息を吹きかけ、びくりと震える身体を絡め取る。逸らされぬよう項に当てられた手が、熱く誘う――接吻へと。

「今は、デザートで我慢しておくさ」
「っ、あ・・・メインは要らない、んですか?・・・」

驚いたように成歩堂を見た後、"勿論、戴くさ。アンタの可愛いおねだり通りに、な"
接吻を深くする事で、応えを返す神乃木がいた。


end。



アダルトでラブラブな二人、羨ましいですv そこに『桜』が加わったら、雰囲気だけで酔っぱらっちゃいますね(笑) 更新の(オドロキくん並の/笑)早さ、いつも感心しております。これからも、バシバシ書いて下さいませ