四巴
長い長い時間の後、一つの事件が終結し。
関係者それぞれに、深い傷を残しながらも。
前を向いて。明日を生きて行こう、と皆が心の中で誓った。
そして始まる、日常。
「な、成歩堂さんっ! ここの解釈についてなんですが」
「成歩堂さん、あの判例って―――」
「・・・寝かせてくれないかなぁ・・」
成歩堂なんでも事務所は、今日も賑やかだった。
七五三スーツの印象が否めない、林檎ホッペが初々しく微笑ましい期待の新人・王泥喜と。その年で白ジャケットと紫のシャツと肩こりを心配してしまう重たげなアクセサリーをオンリーワンで着こなす、アイドル検事・響也とが、熱心に話し掛け。
ソファにだらしなく横たわった、年齢不詳・風体無精・気力皆無のニットさんコト一児のパパ・成歩堂が億劫げに聞き流す。
あれやこれや(説明省略)で成歩堂に敬意を抱き、それと同量の恋心までウッカリ芽生えさせてしまった二人は、己のレベルアップを目指して成歩堂を師事し。やっぱり同時進行で、少しでも心の距離を縮めるべく日々努力していた。
もう弁護士じゃないんだけど、とニット帽を擦りつつ。時折気紛れに、しかし的確に指導してくれる為、仕事に関しては目覚ましい『伸び』を見せているものの。
もう一方は、一進一退どころか暖簾に釘押し以下の霞に体当たり状態。受け流され、あしらわれ、はぐらかされ、からかわれ、宥め賺される。土俵に乗ってもいない感じだが、焦れても悔しくてもひたすら進むだけ、と二人は長期戦を覚悟していた。
が、現在。響也達にとって予想外の展開となっている。
「コネコちゃん、眠気覚ましに熱いのを奢るかィ? それとも、仮眠室で添い寝でもイイぜ?」
「コーヒー中毒も青二才共も、放っておきたまえ。貴様は、私と紅茶を楽しむのだ」
手品道具やその他諸々がひしめきあって、決して広いとは言えないスペースの上。幾ら客を迎える応接室だとしても、大人五人がソファ周辺に密集していれば閉塞感たっぷり。
密度を更に濃いものにしているのは。
加えた年齢の分だけ男の色香を増す、大半の男性を敵に回しそうなゴドーと。
ゴドーとは逆に、やや長くなった銀糸を撫で付け気味に流し。ノンフレームの眼鏡で怜悧さと厳格さと秀麗さを際立たせ。エリート然とした雰囲気を重厚な貫禄で一見控えめに、しかしその下で確固たるものへ昇華させた御剣。
この二人、数週間前に日本へ帰国してきた。
一人は海外研修に継ぐ研修で。一人は治療の為、成歩堂が大きな陰謀に巻き込まれていた間、この地に居なかった。その空白を埋めようとしてか―――当時を知る者の話によると、前かららしいが―――足繁く事務所を訪れ、成歩堂に絡む。
響也と王泥喜には、ゴドーと御剣が自分達と同じ感情を抱いている事はすぐ分かった。
だから。
「御剣上級検事、そろそろ戻った方がよいのでは。確か、今日は会議がありましたよね?」
「成歩堂さん、『いつもの』飲みますか?」
年上で、先輩で、上司であっても、ガチで牽制する。ネームバリューの大きさや実際の存在感に圧倒されたりもしたものの、今更『些細な事』で諦められる程度の想いではない。
「クッ・・コネコちゃんの飲み物は魅惑のアロマか、俺の搾り立てミルク。それがルールだぜ!」
「なぁっ、ななななに、破廉恥な事を!! 成歩堂さんの飲み物は、俺が愛情込めて買ってきたグレープジュースなんですっ!」
「時間を無駄に費やす会議など、不必要だ。各々議案書の提出と報告を命じて、キャンセルさせた」
「素晴らしいですね。公私の境界を曖昧にするやり方は、研修で身に付いたんですか?」
四人の間で散る火花。紙か大鋸屑でもあれば、たちまち煙と焔が噴き出しそうだ。百戦錬磨、潜り抜けた修羅場の数が違うゴドーと御剣を前に、若者コンビは気概を以て立ち向かう。
幾ら、情熱があっても。法曹界では高名なゴドーと御剣と。新人の響也と王泥喜では、差がありすぎる。とりあえず、不本意ながらタッグを組んで年長組を排出するべきで。その後の一騎打ちなら何とかなる、とお互いが結論付けた。
にもかかわらず、やっぱり状況は圧倒的不利で、勝敗の行方は歴然だと思われたのだが。王泥喜達にとってありがたい事に。これまでは、何とかイーブンで推移している。
要因は二つ。
七年のブランクか、元からなのかは成歩堂にしか分からないけれど。
「ゴドーさん、王泥喜くんに**事件の考察を教えてあげてくれますか? 御剣も、責任のある立場なんだから、あまり職場を離れるなよ。また狩魔検事に叩かれちゃうから」
ゴドーと御剣に対する扱いが、素っ気ない。
「クッ・・オネダリ上手なコネコちゃんだぜ!」
「はいはい、素敵なゴドーさんは格好よく指導してくれると信じてますー」
棒読みオンリーで、ゴドーを乗せ。
「メイと会っているなど、報告を受けていないぞ・・!」
「御剣が真面目に働けば、カリマ検事と接触する事もなくなると思うけど?」
微妙な言い回しで、微妙に御剣を操作する。厳密に言えば、冥は御剣の件以外でも何かと理由をつけて現れて鞭によるちょっかいをかけているのだから、御剣が熱心に仕事しようと接触が『0』になる事はない。しかし、成歩堂が指摘した通り、回数は減るかもしれない。
なまじ頭脳明晰な御剣は考察し始め(ジレンマに陥ったとも言う)、それをいい事に(成歩堂から視線で指示された響也が)背を押して事務所からご退散願った。
御剣を送り出して戻ってきた響也は、残りの邪魔者が討論しているのを見、絶好のチャンス到来にキラキラスマイルをボリュームアップさせた。
「成歩堂さん。これ、みぬきちゃんに渡してくれるかな」
鞄から取り出したのは、新譜のアルバム。初回限定版で、勿論サイン入り。
「ありがとう、響也くん。みぬきが喜ぶよ」
成歩堂の口元に浮かぶのは、いつもの無気力なものではなく柔らかな微笑。
これが二つ目の、しかも響也だけの優位点。
成歩堂が無限大に愛情を注いでいる、愛娘のみぬき。そのみぬきは響也のファンであり、響也がファンサービスをすると連鎖的に成歩堂も嬉しそうにしてくれるのだ。あからさまな『将を射んとせばまず馬を射よ』作戦でも、有効ならガンガン使う。
あまりみぬきに優しくし過ぎれば『もしや、ウチの娘に・・?』と的外れで哀しい邪推をされかねないし。みぬきがいつ、他のアイドルに心を移すか分からないし。アイドルへの憧れから発展されては、厄介な事態になりかねないし。繊細な匙加減と弛まぬ努力が不可欠。(もっとも、最後の点については杞憂だろう。というより、最大のライバルはみぬきだと響也は考えている)
法廷並に神経を使うけれど。
「これ位、何でもないさ。いつでも言ってよ」
少しでも、成歩堂に近付けるのなら。苦労は苦労でなくなる。
好敵手も、上司も、先達も。束になって向かってくればいい。幾らでも、相手になろう。響也の覚悟は、できていた。
成歩堂が傍らに居る日常の為に。
プロローグで終わってしまった感が(汗)
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