アソ龍

スワン・パニック




 成歩堂龍ノ介が初めて関わった裁判は、無事、無罪判決を勝ち取って終結した。
 後に残ったのは―――疲労混じりの充足感と。
 少しばかりの理不尽さと。
 近代裁判への期待と。
 輪郭のぼやけた『謎』と。
 それから―――六羽のヒヨコ。



 勇盟大学で教鞭を執る御琴羽教授は、二つの研究室を与えられている。
 第一研究室は、教授の私室に当たり。
 第二研究室は、教え子と議論を交わしたり、教え子達が集まって研究したりする、現在で言う所のゼミ室と同じ使い方をされていた。
 今、その第二研究室で、亜双義と成歩堂は御琴羽教授を待っている。御琴羽教授に相談事があって訪れたのだ。
 相談事の内容は、言うまでもない。
 ポテポテポテポテ
 パサッ
 ピッ、ピヨ、ピヨ
 ピィ?
 コツコツ、コッ
 ZZZZZZ……
 もふもふな羽毛と円らな目を持った、六羽の雛についてである。
 英国淑女ジェゼール・ブレッドの帽子に飾られていた白鳥が裁判中に産み落とし、置き去りにされたヒヨコ達。
 裁判長は困惑するばかりで、亜内検事はザンバラ髪にされた怒りも相俟ってか、『焼き鳥にしておしまいなさい!』と金切り声を上げ。とりあえず係官が全羽捕獲したものの、皆がどう扱ったらよいか考え倦ねていた。
 動物愛護の精神が確立されるのは、まだまだ遠い未来の話。このままだと、雛達の命運は早々に尽きてしまうだろう。
 そんな噂を聞いた成歩堂は、どうにも放っておけず。亜双義と一緒に大審院へ引き取りに行き、御琴羽教授へ面会を申し込んだのである。亜双義の言によると、御琴羽教授は広い人脈を持つとの事。二人で頭を悩ませているより、ヒヨコ達にとって良い方法を教えてくれるかもしれない。
 もっふりしていて。突いたら、コロンと転がりそうで。餌をやったら何故か後を着いて回る雛達。焼き鳥コースは回避したいと思う成歩堂だった。
「懐かれているな…」
「ここ数回、餌やり担当だったからじゃないか」
 亜双義は、胡乱な眼差しで成歩堂を見遣った。
 右肩に一羽、左肩に一羽。頭にも一羽。膝の上に二羽。全て、成歩堂だけに集っている。
 どこか間の抜けた雰囲気が警戒心を与えないのか、成歩堂は動物に好かれる質ではあるものの、これは少々異常事態だ。
 もしかして、成歩堂に追い詰められて(ジュゼールの)白鳥は雛を産んだから、親と勘違いしているのだろうか。荒唐無稽な考えが浮かんだ時、ふと、別の事に気付く。
「もう一羽、色違いが居た筈だが」
 亜双義の記憶では、黄色が五羽。茶色というか灰色というか、何とも地味な色彩のヒヨコが一羽だった。
「ああ…ココに入ってる」
 亜双義の疑問に、成歩堂は襟元辺りを指し示した。改めて注視すれば、学制服の襟元が寛げられ。そこからヒヨコの一部が覗いている。
「なっ!? 成歩堂、今すぐソイツを出せ!」
「ええ? 急にどうしたんだよ」
 その光景を見た途端、突然、激高して詰め寄ってくる亜双義。成歩堂は訳が分からなくて尋ねるも、亜双義からの説明はなかった。
「そんな毛の塊に肌を許すなんて、言語道断だ!」
「いやいやいや、何言ってんの!?」
 それ所か有無を言わさずボタンを外し、『内』へと手を突っ込んでくる。
 ピ、ピィ!
「毛玉め、どこへ行った!?」
「ちょっ、亜双義! 擽ったいって!」
 服の下を逃げ回るヒヨコ。
 成歩堂へのし掛かり、服を剥ぎつつアチラコチラをまさぐる亜双義。
 羽根と亜双義の手が肌を刺激し、混乱しつつもこそばゆさに顔を赤らめる成歩堂。
 カオスだった。
 そして、そこに―――
「待たせてしまった……」
 御琴羽教授が、現れる。
「「あ」」
 固まる、亜双義と成歩堂と―――御琴羽教授。
 それはそうだろう。端からは、亜双義が成歩堂を襲っているようにしか見えなかった。
「……馬に蹴られたくはないのだが、もう少し時と場所を考えた方がよいのでは?」
 最初に立ち直ったのは、年の功か、御琴羽教授で。咳払いを一つすると、わざと生真面目な表情を作って忠告した。
「ちょっと待って下さい!」
「ご、誤解ですっ」
 とんでもない曲解と生温かい眼差しが、二人をようやく我に返らせたが。その後、どれだけ言葉を尽くしても御琴羽教授の態度を改める事はできなかったのである。



 結局、六羽の雛は勇盟大学の敷地内にある池で飼われ。
 いつしか、その池で逢い引きすると恋が長続きするという伝説が生まれたとか。